普通の日常がたまらなく愛しい



何かの本で”本当の活力の源というのは、悲しみとセットになっている”と、書かれていた。

昔でいうと冷害による飢餓、洪水など天変地異などで人が死んでいった。そして戦争。

昨年裏方でお手伝いさせてもらった酒井美紀さんの出演する舞台『めんたいぴりり』も、戦争を乗り越え逞しく生きてきた夫婦の物語であった。


明治座であの舞台を見たとき「死を知っている人はとても力強く生きることができる」と思った。


いつの間にか私たちは、いわゆる「平和ボケ状態」になり、死の感覚が遠くなったのではないのか。
それに気がつかないほど豊かな時代に生まれた。

それと同時に、何だか生きる感覚も失ってしまったように思える。

何かに必死になることの美しさは、いつからかバカにされるような、そんな風潮が漂っている。

全く愚かだなあなんて思ってしまう。

互いに高め合えていただろう時代は、いつから変わってしまったのだろう。



最近問題になっているSNSでの誹謗中傷による自殺。誰もが心を痛め、問題を未然に防げなかったことを悔やんだ。22歳の同じ歳の彼女は、とても強く美しかった。政府ではSNS被害の対策を練り出しているらしい。


世界中に大混乱を巻き起こしたウィルスも含め、この時代の人たちはハッとしているはず。何かに気付き始めているはず。本当に大切なもの。本当に美しいもの。本当に守るべきもの。自分たちは生きているということ。


勿論、現代でも素晴らしい芸術は山ほどある。
しかし、やはり、ひと昔前の作品たちは、儚く、力強く、美しい。理由はもう説明しなくても明らかだ。


だからこそ、これからの地球がたまらなく楽しみ。これからの世界が。私たちが。

全員が同じ苦難を抱え、死というものを感じ、乗り越えようとしている今。生み出されるものは確実に前より力強い。


きっと今を生きる天才たちがゴロゴロ現れる。


”本当の活力の源というのは、悲しみとセットになっている”






地球上の愛情の量がグッとあがりますように。

3コメント

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  • だ☆みん君

    2020.05.31 03:59

    銃を発明した人は、家族にお腹いっぱい食べさせたくて、いっぱい獲物を取れるように考え出したのかもしれない。 原子力を発明した人は、多くの人が幸せに暮らせるように、多くのエネルギーを生み出しやすくするために考え出したのかもしれない。 SNSはどこに居てもどんな時間でも、大切な人との繋がりを多くの人が持てるように考えだしたのかもしれない。 どんなものでも、使う側の理解や判断、知性、それに頼らないとならない脆弱さがある。 その力が大きいほど、喜びも悲しみも大きくなる。 こんな時だからこそ、これから「生まれる」ものに期待したい。 そしてどうか、それが正しい形で使われますように。
  • タカ

    2020.05.26 08:41

    全国的に緊急事態宣言が明けたあとの5月24日(日)に道後にちょっと行ってみたら、まったく人がいない。午後2時過ぎだというのに道後温泉本館前に観光客が見当たらない、いつもなら記念写真を撮る人でいっぱいなのに。 非日常を求めて旅人が多数集まるのが観光地の日常。道後にとって閑散とした今は非日常。 今度の土日は少しは人が増えるだろうか。 多くの人が何気ない日常の中で普通に生きてきたけど、それは意外に脆いものだった。 多くの人が経済的にも心理的にもダメージを被った。じっと身を潜めて耐えるしかなかった。 でもやがて乗り越えられる、そう信じて辛い日々をやり過ごしたから今日がある。 似ているようでじつは以前と異なる日常が訪れる。苦難を乗り越えたぼくらは少し賢くなったと思った。 しかし、無神経で無遠慮で厚かましい言葉のナイフが木村花さんを襲った。他にも標的になった人たちがいる。 ぼくらは賢くなれなかったのか? コロナの災禍はぼくらに現実を突き付けてくる。「人間なんてそんなものだろ」 変わったのか、変われなかったのか。それとも変わりたくなかったのか。 その問いに答えられないまま日常に戻ることになる。これが新常態(ニューノーマル)?
  • ビフテキ

    2020.05.26 06:39

    棺桶に片足突っ込んでるけど毎日楽しい‼️ゆんちゃんとも出会えたし‼️…ヾ(๑╹◡╹)ノ"